大町四ツ角 おおまちよつかど
  
【若松城下と会津中街道】
(現在通行できる道に基づいて表示しています。)
は旧郭門の所在地です。

 会津五街道の起点はすべてこの大町四ツ角です。制札場があったため、「札の辻」(ふだのつじ)と呼ばれていたそうです。6番目という序列はありませんが、会津中街道も大町四ツ角が起点となります。若松城下と小田村との会津中街道のアクセスポイントは現在の小田橋の上流、新田橋あたりだったようです。大町四ツ角〜小田村間の街道は城郭を大きく迂回しています。いずれの街道も、庶民の道であり、城郭の内側に入り込むことはなかったということです。起点の大町四つ角からはまっすぐ一ノ町を東上して東山方面に向います。現在のあたごや食堂角から南に折れ、小田村と湯川をはさんで位置する宗英寺前までは、鶴ヶ城建設時に伐った石を慶山から運ぶのに使ったという石伐(いしきり)道を通っています。宗英寺は葦名9代盛政(1361〜1440)の時に葦名家の御影堂として建立され、その後の大火や戦火による3度の消失から復興し、国の重要文化財に指定されている木造葦名盛氏座像を守る名刹です。

 宗英寺のすぐ北、花春町のホテルのところこそ敷地内となっていますが、会津若松市街地においてはほとんど当時のルートをたどり歩くことができます。また市内には、数々の城下絵図が残されていますがもそのいずれもが北青木村と小田村を描き、名刹に沿って会津中街道をまっすぐに描き記しています。

ライブカメラ わが会津中街道倶楽部の聖地「大町四つ角」
様のご提供です。




大町四ツ角(若松城下)

小田村