山田 やまだ


 山田は矢板や川崎、そして川向かいの石上から比較的近いせいか、あまり大きい宿場ではなかったようです。実際、殿様、大名が通った時は山田を通り越して宿をとっています。しかしながら箒川(ほうきがわ)が荒れれば川止めとなってしまうので、人馬の連泊に耐えるだけの施設は整っていたと思われます。

  
山田から箒川に出て川岸より石上地区を臨む

 同じ川岸にありながら、川岸に沿って北西から南東へと細長い集落を形づくっている川向かいの石上地区(上石上と下石上)とは対照的な集落形態です。山田地区は、名前にもあるように、山がちで、山城もありました。集落もそれほど大きくなく、現在も、一部が国道4号線となっていて常に交通量が多い石上地区とは対照的に非常に静かです。川沿いには、関根、雲入(くもり)などの寒村が現存しています。このあたりのどこかのポイントで渡しがあったと思われます。

 山田の南、矢板へと通じる道路は、小さいですが峠を通ります。その峠の矢板寄りのところに「割山下の一里塚」があります。所有者と地元の保存会のおかげで、会津中街道をはさんだ両側に対をなして原形をとどめたまま現在に至っています。この「割山下の一里塚」から南の荒井地区までの間は、西側の山裾に会津中街道がそのままの状態で残っています。

西塚 東塚


西塚と会津中街道





石上

山田

矢板